〈はじめに〉
ここに書いた記事は、心電図の異常波形の要因について、既知の知識や解釈に基づいて演繹的に推論したり独自の仮定に基づく推測を行っている部分が多く、医学的エビデンスに欠ける部分もあろうかと思います
自分の理解のために多くの仮定を含んだ解釈であるということをご理解の上お読みください
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洞調律で一見何の問題もなさそうな心電図
それがこの波形

上段が24時間の殆どを占める基本的な波形
下段が、ちょっと変だなあと思わせる時間帯の波形
で、ST部分に注目

S波がやや深いのはいいとして、ST接合部がよくわからず
T波開 始位置まで延びているではありませんか
このS波、なんか違和感感じますね
S波の幅と深さが拡大する心電図といえば、虚血性によるもの、
又は脚ブロックや心室肥大の機能的な要因によるST低下?
QT時間の延長? 或いは別の要因?
判りませんね
なので、先ずは波形を詳細に見てみましょう
その前にちょっと注意しておかなければならないことがあります
ST計測に関することです
下図を見てください

ホルター心電図解析装置の性能上、P波やST部分、T波を正確に検出できません
(ひょっとして現在では高い精度でそれらの検出ができてるのかもしれませんが・・・)
そのため、解析装置でのSTレベルの検出についてはすべての計測の検出の基準はR波(ピーク)となります
ここでは、ST計測の基準レベルは、PQ間のR波頂上から-60mSの点で、計測点はR波頂上から+100mSのところで検出しているデータとなっています
基準レベルの点や計測点は、解析装置によって任意に設定できるようになっていたり固定だったりします
手作業によるSTレベル計測では、PP間の基線を基準レベルにとり、ST接合点を見つけてそこから60mSや80mSなど(解析者によって任意)の点を計測点としていると思います
厳密に言えば、上記の2方法に測定値の差が出るとは思いますが、解析装置による測定値は絶対値としてみるのではなく、STレベルの相対的変化や経時的変化を見るようにしたほうがいいように思います
ST接合点は、S波とST部分が変曲する点(傾きが変化する点)といわれているので、
このS波が拡大しST部分に繋がってるような場合は変曲点が見つからないので、S波最深部を接合点とし、計測点はそこから80mSとすることができると思います
では、各セグメントの計測値の変化を見てみましょう
S波幅 60 ⇒ 140mS、
STレベル +0.12 ⇒ -0.24mV、
S波深さ -0.45 ⇒ -0.45mV、
ST部分継続時間 60 ⇒ほぼ0mS、
T波時間 約220 ⇒ 180mS、
T波高 0.6 ⇒ 0.3mV、
QTc 440mS(Bazett式)変化なし
つまり変化は、S波深さは変わらず、ST接合点(変曲点)やST接合部分が見えなくなってT波となだらかにつながり上昇型のままT波開始点に到るということです
また、S波ピークではU字型に変化しているので通常と異なる機序が働いてるかなと予感させますね
では、このS波の幅の拡がり(拡幅)がどのようなことで発生しているのかを検討してみましょう
S波は(Ⅱ誘導では)、ミクロ的にみれば心筋活動電位の(最後に脱分極する心筋)外膜側の第1相によるもの、またマクロ的に見れば心室興奮の最後の方で現れる心室基底部や心室壁深部の興奮の表れと考えることができると思います
通常では、おおよそ幅0.2S、深さ0.5mVとなっています(基線レベルで測定)
異常の有無は、STレベルの高低やS波幅、12誘導心電図胸部誘導のR波とS波の大きさの比率やなどから確認します
つまり、S波の変化は部分的な心筋細胞の活動電位レベルの変化、或いは心筋の起電力ベクトルの変化によって現れるので、その原因とすれば、虚血性STレベル低下、右脚ブロックや心室肥大等の機能的要因、QT延長(ST部分の延長)等が主たるものと考えられ、或いはまた別の要因があるかもしれません
1.虚血性STレベル低下による拡幅ではないか?
虚血性ではSTレベルの低下が起こり、S波の拡幅のように見えます
心筋の活動電位で見ると、虚血の場合の分極状態では心内膜側の心筋の電位が上昇し脱分極で心外膜側より電位が低いためSTレベルが下がるのでしたね
ST低下については下記のブログ記事を参照してください
問題の波形変化、STレベルは確かに大きく低下し上昇型のようになってていますが、ST接合部が見当たらずT波開始点がそのようにも見えるし、その幅が広がっているところがちょっと変ですね
つまり、所謂S波がないように見えるのです
本来であれば、STレベルの低下があった場合でも、S波があってST接合部となりT波に向かうという変化が起こると思うのですが、この波形にはそれがなくR波がマイナスになった後S波はちょっと平坦になりに、そこからT波に向かって上昇していっているように見えます
この波形ができるためには、(後の方で検討してみますが)心筋の活動電位で考えると、心外膜側の1相がオーバーシュートしてから2相へと緩やかに戻りプラトー状態がないような変化が起きているのでは?と推測できます
問題の波形変化は虚血による心筋電位の変化としては実際起こり難そうなので、このSTレベル低下と拡幅は虚血性によるものではないだろうと考えた方がよさそうです
2.機能的な原因による拡幅ではないか?
右脚ブロック、心室肥大や変行伝導等による機能的変化では、S波増大と拡幅が起こりますよね
これらは刺激伝導系の変化により右脚ブロックによる右室側への遅延伝導或いは心室壁、や心基部、心室壁深部での起電力増加によるものと考えられます
問題の波形変化では、刺激伝導系は変化なくそれに起因する波形ではなさそうなので、これらのことが原因とは考えにくいと思われます
また、機能的なS波拡大にしてはCH1:CM5とCH2:NASAの波形形状と大きさがほぼ同じと言うのも違うかなっていうところですね
3.QT延長によるものではないのか?
S波が延びているので一寸見、QT延長かなあ?と思って見てました
QT延長は、原因は遺伝性QT延長や電解質異常によるQT延長が主ですが、その心電図変化パターンは、
①殆どがS波とT波の幅は正常で、ST部分の延長が ― 低Ca血症
②T波の幅が拡大 ― 低K血症
③ST部分の低下とU波増高
ということです
が、よく観察すると、QT延長の各タイプに該当していないようだし、この心電図のQTcが440 mSなのでQT延長とは言えないような感じですね
4.上記以外の原因ではないのだろうか?
S波の大きさは変化なく拡幅だけが起きてピークではU字型に形状変化しT波開始点まで直線的に上昇していると言うことは、STレベル低下のような虚血性の心筋活動電位変化ではなくて、刺激伝導系による機能的変化による心筋起電力の変化のようなものでもなさそうです
しかし、起電力ベクトルで考えてみるとはっきりするように、通常の刺激伝導系によるS波(電気軸 -135度位)が電位はかなり大きく且つ遅延しながら心筋活動していることが判ります
他の心筋部分では通常通りの活動電位で、心基部或いは心室壁深部(電気軸 -135度位)の心筋ではS波の形状変化から下図のような活動電位の変化が起きていると推測できます
*心筋の活動電位と起電力ベクトルの対応関係については、別記事で詳細に検討してみたいと思います

心外膜側において活動電位の1相から 2相へは直ぐに戻らず緩徐に傾斜しながら低下し、T波に接続すると仮定すると、問題の心電図のS波の変化のようになることが判りますね
言ってみれば心外膜側の電位が緩徐に 低下するような伝導遅延が起ていると考えられませんか
ここまでの検討では、その原因がなぜ起こるのか、自分の持ち得る現有知識ではちょっと見当がつかないと言うのが本当の所でした
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しかしながら、そこでは何が起きてるかなあってずっと思っていたところ、その疑問を解決できるような下記の文献がタイミングよくXツイッターで紹介されていました
【3チャネルホルターモニタリングにおける一過性上行ST節低下およびS波の拡大—ブルガダ症候群における右心室流出路におけるドロモトロピック障害の兆候:5例の報告】
【Transient ascending ST‐segment depression and widening of the S wave in 3‐channel Holter monitoring—A sign of dromotropic disturbance in the right ventricular outflow tract in the Brugada syndrome: A report of five cases - PMC
】
この文献は、ホルター心電図で、S波が拡幅しSTレベル低下の有った波形を上下(誘導極性)反転してみたところブルガダ型波形異常であった5例についての報告でした
例示として、下図のようなホルター心電図の波形変化に対し、12誘導心電図でブルガダ型異常波形が確認できたということです
この文献のホルター心電図の誘導は、CH1:NASA誘導、CH2:CM5誘導、CH3:Modified CC5なので注意してください

これは、ホルター心電図のCM5:CH2誘導を極性反転させた波形はaVR に近似するというものです
そしてaVR 誘導は、胸部誘導の上位肋間誘導に近い波形であり、右室上部や基底部等の起電力を見る方向なのでそこでの活動電位変化がよりはっきりと表れてくるということです
(下図参照)

次に、問題の心電図波形をこの文献に従って追随してみましょう
波形(CH1:CM5誘導)を拡大し極性反転して表示すると下図のようになりました
この問題の波形はそれだけ見れば、この文献と同じようにブルガダ型波形異常ではないだろうかと疑えますよね
胸部誘導上位肋間でのブルガダ型心電図波形の特徴的なST上昇は、Cove型で0.2mV以上でその原因は右室流出路の伝導遅延によるとも言われています

CH1:CM5誘導で記録した、問題の心電図波形をみると、STレベル -0.24mV、S波深さ -0.45mvであり、T波開始点までの直線的な上昇が見られます
これを極性反転すると、上記文献に見られるようなST上昇のCove型、0.2mV上昇、T波陰性化等のブルガダ型心電図異常と見ることもできそうです
ブルガダ症候群について調べると、そのリスクは以下の様です
・遺伝
・男性中高年
・食後や睡眠時等の安静時(副交感神経優位)
問題の波形のホルター心電図の被検者は、46才、男性、PVCなし、PAC(単発)9回
STレベル低下は22時から00時で発生し、この区間の最小HR73BPMです
(下図 STレベルトレンドグラフ参照)

そして、被検者病歴、家族歴、現有症状、ホルターの目的、12誘導心電図等の被検者に対する情報は先に書いたこと以外知りえません
なので、ブルガダ症候群に対するリスクやブルガダ型波形に対する12誘導心電図等での確認などは行っていないのでこれがそうだとは言えないのですが、この文献に追従すればブルガダ型波形異常の可能性も排除できないのではないか、と言うことが言えるでしょう
ST変化について、心筋虚血や梗塞ということだけではなく、今後はこういう観点でもホルター心電図解析を行っていく必要があると感じました